【3月26日付の読売新聞に掲載していただいてるコラムです】
春のセンバツ初出場の鹿児島工業が、23日の初戦で水戸商(茨城)を下し、センバツ初勝利を挙げました。今年、創立100周年に花を添えた鹿児島工業高校。同校の瀬田豊文校長も今年が1つの節目。瀬田校長は、今月で定年退職します。
元高校球児(神奈川・法政二高卒)だった私が、鹿児島に赴任して初めての高校野球取材でお世話になったのが瀬田校長でした。神奈川県の高校野球事情も含めて興味深い話を伺いました。その時の印象は「自分以外はみな師匠」。「すべての人に対して謙虚」。社会人としての姿勢を教わった気がします。
瀬田校長は教育者ですが、高校時代は鹿児島玉龍高校の投手として活躍したことでも知られています。2年生だった1964年と、エースとして鹿児島県大会を無失点で制した1965年の夏、甲子園に2回出場。その後、先生として母校・玉龍に帰ってきた1971年の夏、監督就任1年目でチームを甲子園ベスト8まで導きました。さらに、鹿児島工業の校長に着任したおととし夏、野球部が甲子園初出場。ベスト4に入った快進撃は、まだ県民の記憶に新しいところです。
選手として、監督として、そして校長として、過去4回甲子園に行っている瀬田校長ですが、実は春の甲子園は初めて。鹿児島市の甲突川では、桜が開花宣言を待っています。桜の花が開く頃、教員生活最後の春を迎える瀬田校長の笑顔の花が「甲子園」でほころぶことを祈っています。鹿児島工業は大会7日目(28日)の第三試合で、京都・平安と対戦します。